2007.09.11
+ ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序
今回、新たに伏線が張られたと聞いて、そんな新たに謎ふりまいたら、また畳めないまま終わるんじゃないのと思いつつ観に行った。イヤな目で観たものの、案外、話の筋としては悪くない。悪くないというのは、新たな平行パターンとしての展開でも、最後がメタになってもならなくとも、平然と受け入れられそう、言い換えると、受け入れられなさそうな齟齬はもはや存在しえないという予感がしたためである。シンジが26曲入りのSDATをリピートし続けるのを見て、それは今後の反復、螺旋状の繰り返しの示唆であると読み取った気になったとき、制作側が以前よく語ったライブ感覚を自分が失っていることを知った。俺が考えるに、それこそがエヴァンゲリオンをエヴァンゲリオンたらしめていたものだから、悪くないという、距離を置いた感想は好意的なものではないのだろう。つまり、なんで主人公の少年は説得になってない説得でハイハイ言うこと聞くんだろうみたいな、展開の必然性への疑問を、かつてはライブ感覚とやらでねじ伏せていたのが、今回は暗黙の了解としてフォローしているという温度差を自覚してしまっている悲しさというか。正直、ミサトの部屋に転がっている週刊JIDAIを見たときは、寒かった。
単に俺のテンションが低いだけじゃないの、という気もするのでよかった探しをすると、ラミエル強すぎ。ヤシマ作戦はガチ。アヤナミストじゃないので、綾波の乳首は「おー」ぐらいの反応……やっぱりテンション低い。フェアじゃないので、ならばどういうエヴァなら自分が驚くかを考えてみたが、本当に長門がNERVに侵入しねーかなーくらい。
前の劇場版ですら、まあこんなもんだろうと複数回観に行ったので、今回もたぶん最後まで付き合うけれど、なんでいまさらエヴァなんだろーという疑問は一蹴されるのだろうか。
