2009.07.10
+ 公私混同するな
という台詞が企業内で語られるとしたら、それは家庭を職場に持ち込むなみたいな文脈になるのだろうが、実際のところ公私混同というなら、会社生活が日常生活を侵食しているという事例の方が多いのではないか。
通勤電車関連の話が最近よく目についた。国による公共交通機関の指導や首都機能移転といった国の施策にすることはそれなりに効果が大きそうだけれども、個人的には勤務時間の柔軟運用という民間主導の対応を推したい。これはすでにフレックスタイム制として導入が進んでいたはずだったのだが、出席必須の朝礼があるなどして形骸化している例も見聞きするうえ、不景気によって「一致団結しよう」との精神論が「みんな一緒に行動する」との矮小化された行動に落とし込まれる芳しい事例が増えているようだ。
職務の責任分界点が不明確だとすると、同じ時間に同じ行動を取らなければ一見生産性が下がりそうだが、まとまって行動すると一人あたりの生産性が低いままという問題がある。というかスタッフの生産性の低さは職務範囲の曖昧さに起因しているとの見方があり、実感ベースでは俺も同感だ。ただ、業務を細分化してのコントロールは高度なマネジメント能力が要求されるので、それなら精神論を唱える方が楽であり効果もありそうだという選択も、それが意識的か無意識かを問わず、理解はできる。賛同はしない。
通勤電車という些細に見える問題でも、実際には多数の要因が絡んで一朝一夕には解決しそうにない。世の事象はすべて漸進的にしか変化しない、かどうかはさておき、その変化が改善であることを期待する程度には前向きではある。
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